1995年7月、大阪市東住吉区で女児が犠牲となった「東住吉事件」について、無期懲役刑が確定していた母親と、内縁の夫が釈放されました。
今回は、大事件の陰で運命に翻弄された『家族』にスポットを当て、ご紹介します。
◆犠牲となった長女
東住吉事件で犠牲となったのは、当時11歳で小学6年生だった女の子です。
女児は事件当日、雨にぬれて帰宅し、入浴中でした。
その時、風呂場に隣接するシャッター付き駐車場で火災が発生し、逃げ遅れて犠牲になってしまいました。
◆逮捕された母親
警察はこの火災を、女児の母親と内縁の夫が、保険金目的で長女を殺害するために放火したものと推定しました。
母親は、逮捕当日は事件への関与を認めましたが、翌日から否認に転じ、無期懲役が確定してからも20年間無罪を主張してきました。
収監先の和歌山刑務所では縫製作業を担当。
仮釈放などみじんも考えず、「私は無実を証明し、堂々と刑務所から出て行く。ミシンを踏んで連絡を待つ」と記しています。
◆内縁の夫は怪しい?
母親とともに逮捕された内縁の夫は、火災の約5年前に母親と知り合い、一家と同居を始めました。
火災の時は、初期消火に失敗し、長女を助けられなかったことを、今も悔いているということです。
当時の警察の調べに対し、内縁の夫は犯行を自白していますが、その理由について次のように語っています。
子供が亡くなった衝撃と助けることのできなかった自責の念で、心が弱っていた。
取り調べの恐怖に耐えられず自白した。心の自殺だった。
ただし重要な事実として、内縁の夫は、犠牲となった11歳の長女に性的虐待を行なっていたと言われています。
長女には1500万円の死亡保険金がかけられており、これらが真実であれば、警察に「怪しい」と思わせる動機はあったということになるでしょう。
◆長男
火災当時8歳だった長男は、現在28歳になっています。
母親が逮捕された後は祖父に育てられ、寂しさを感じたこともありましたが、刑務所の母親とは、手紙のやりとりや数年に1回の面会を続けてきました。
長男は、母親の釈放に際して記者会見し、次のように語りました。
長かった。
(事件については)あまり考えないようにしてきた。
母親だから僕が信じてあげないと。
◆まとめ
釈放の日、母親は亡くなった長女のめぐみさんが好きだったという黄色の服と、髪を束ねる黄色のシュシュを身につけました。
釈放の喜びを次のように語っています。
娘がこの青空のどこかから、今の私の姿を見て『ママ良かったね』と言っている声が聞こえます。
ずっと見守ってくれてありがとうと伝えたい。
この日の澄み渡った青空のように、事件がクリアに解明されることを願っています。
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